メタモルフォシス伝

受験漫画、というカテゴリがあるとすれば、必ずその一角に挙がる筈の山岸涼子の異色の作品。 学歴信仰が頂点に達しようとしていた1976年、「花とゆめ」に連載された。(カテゴリのトップには「東大一直線」が来るとしても、だ)

桜吹雪とともに現われた蘇我君は、みんなの心に変革をもたらす風を巻き起こす。 君たちが漕ぎ出す未来には、勤勉でさえいれば答えられる問題ばかりが待ってはいないよと言わんばかりに、カチンコチンに固まった頭をもみほぐし、忘れかけていた純粋な夢や、自分に正直になる大切さや、素直になる素敵さを思い出させてくれる。[渡辺眞子の解説より]

主人公(ヒロイン)は、名門受験校の落ちこぼれ「大西久美」。 ヒーローは謎の転校生「蘇我要(かなめ)」。 天才的頭脳を持つ名門の子息「新田忍」や、ガリ勉の「大田原一(はじめ)」等、面白いキャラクタが沢山で、ちょうど連載時に全く同じ世代だった私は、夢中で愛読した憶えがある。

あれから27年。 あの当時17歳だった登場人物達は、どんな人生を歩んだんだろう? 新田は大物政治家だった祖父の跡をついで、政界で活躍しているんだろうか? 大田原は挫折せずに医者になったんだろうか? 芸術好きでイジケ虫だった久美は、自分を取り戻すことが出来たんだろうか? いずれにせよ、彼らも今では44歳、第一の人生は大方先が見えてきつつある状況だろう。

良かれ悪しかれ、1976年近辺って、本当に日本の学歴信仰の最高潮時だったような気がする。 その後、勉学に勤しむ者を賤しむような風潮が広まり、真面目はダサいとされた。 自分はガリ勉とはとても言えない、どちらかと言えば落ちコボレ高校生だったが、それでもこの時代の日本の社会を何となく懐かしんでしまう。 今の高校生気質って随分変わってしまったようにも思える。

あの頃が良かったとは今も言い難いが、結局、学力低下が危惧され、回帰する時期に来ているような気もする。 しかし日本が失ったものを取り返すことは当分出来ないような気がする。 米国における1950年代のような風に、日本の1970年代が語られるようになるんだろうか?

20050905 ドラゴン桜、なんていう受験テク主体の漫画も出てきた。 こっちでは金持ち家庭の子弟が人生に悩む、なんていう内容じゃなくて、もっと具体的で実践的。 メタモルフォシス伝が、親の敷いたレールの上を突っ走る受験への疑問を呈示していたのに対し、こちらは「とにかく東大に受かること」という単純なゴール設定をしているのが時代の変遷か。 実際、自分もドラゴン桜全巻揃えて、子供の教育に役に立ちそうだな、なんて思いながら読んでいたりする。
人名
著者 山岸涼子
発売元
秋田書店
年(代)
1976年
URL
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1356/SARU/saru26.html#BOOK3