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47歳

47歳である。 別にどうということの無い誕生日。 家内は機嫌が悪くて「誕生日おめでとう」も言わずに寝てしまった。 娘だけが「今日ってパパの誕生日じゃない? おめでとう。」と言って呉れた。 ま、別にめでたいというほどのことでもない。 どうだって構わないのだが。

しかし生きた人間で誕生日おめでとうと言って呉れたのが世界中で娘と元同僚の二人だけであったのに対し、ネット上のサービスでは、SNSから1通、ISPから1通、アンケートサイトから1通、計3通も「誕生日おめでとう」メールが入ってきた。 まあ、自動機械でやってるんだから有り難いというほどのことではないが、こういうことは、もっと本来親密であるべき組織で行われても良いような気がする。 例えば会社でどうせ人事部門が誕生日なんぞ掌握しているのだから、上記のSNS程度に気を利かせてメールの一本も打ったらどうなんだろう、と思う。 随分社員の印象が違うだろうと思うのだが。

早稲田大学の同窓会なんかも、図々しい寄付のお願いなんか送って寄越す割には、誕生日にメール一通送って来ない。 誰も誕生日に祝いを述べて呉れないような寂しいオジサンには、大学からのメールは効き目がありそうな気がする。 寄付が集まるのではないだろうか。

ある意味で言えば、誕生日は、マーケティングチャンスなのである。 誕生日おめでとう、というメールを受け取って、仮にそれが自動メールであったとしても、腹を立てる人は少ないように思う。 一年で一回だけ、大手を振って顧客にメールを出せるチャンスが誕生日なのだ。 多くのサービスで誕生日の登録をさせる割に、案外、その情報はマーケティングには生かされていない面があるのではないだろうか。 誕生日を年齢層割り出しだけに利用するのでは勿体無いと思う。